一)
萬理の波に 勇魚とる
漁業にそひて 生産の
工業さらに 日にふるひ
月に進みて 新なる
あゝ気仙沼 栄あれ |
二)
亀山 早山 安波山
かれとこれとを 仰ぎみて
一湾しづか あゐの水
鼎浦を 分け行けば
太平洋は あまひたす |
三)
無双の勝地 時を得て
今昭代の 光浴ぶ
人又和して 国のため
町民共に 一斉に
つとめ励みて やまざらむ
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長く低迷する気仙沼。その原因は漁業の不振だけとは思えません。人々の思考法・規範に問題はないでしょうか。古い考え方に固執せず、新しい発想で町を活性化してほしい。他に例のない景勝地(無双の勝地)が出番を迎え(時を得て)脚光を浴びている(光浴ぶ)のです。先人が残したこの歌を応援歌として市民に贈ります。
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地元紙「三陸新報」に掲載された西田耕三氏の随筆が、小山東助と親交のあった土井晩翠が気仙沼を訪れて町民歌を作詞したことにふれています。作曲はあきぼう主宰者の父・栗原勉とあり、いまでも唄えるという市民がいることを知って復元に取りかかりました。 私の復元作業の記事が出ると、こんどは数人の読者から歌えるという声が寄せられました。録音機材を携え採譜に走り回りました。 80歳半ばの方はゆっくりとしたテンポで唄いましたが、数年若い世代はアップテンポで唄いました。町民歌が完成した頃は、ちょうど日本が第二次世界大戦に参戦した当時です。元々の町民歌は、ゆったりとした4分の4拍子の歌だったのでしょう。それが戦局の激化とともに軍歌のような2分の1拍子で演奏されたのだと想像します。 |
トンガへ行きます!
あきぼうを必要とする人たちがいました!JICAのシニア・ボランティア活動で9月にトンガに行きます。そしてテレビ局のスタッフに番組の作り方を教えます。 開発途上国援助はいま難しい時代だそうです。トンガの人々といま何が必要なのかを考えたいと思います。 トンガは「南の島」、気仙沼はアイヌ語で「南端の入り江」という意味だそうです。どちらも人口7万でマグロを食べます。よく似ていますね。 22年前テレビ局を退職し、故郷のCATVに採用の約束を反故にされ路頭に迷いました。1988年に抱いた志が、いま実現しようとしています。感慨深いです。 さあ出発だ、南の島へ!
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懐かしのテレビ番組 音声アーカイブ
1960年代の懐かしいテレビ番組の音声を掲載しています。 海外からの訪問者のために、番組解説を英訳しています。困ったのは日本の番組名の訳し方です。青年の樹ってどんな木なんでしょうか?チロリン村にくるみの木は何本あったんでしょう?単数か複数かで、エスの有無が決まります。琴姫さんが七回変身すると訳しても、何のことか通じますか?日本の番組名って、結構意味があいまいです。一方の米国の番組名は直接的で単純ですよね。 『日本語の達者な外人だ』とお年寄りが驚いたという吹き替え。いまはめったに見かけない提供商社名のアナウンスや次週の予告。音を聴くだけで半世紀前の世界が甦り、ジワジワと胸に迫ります。お聴きになった同世代の方々も同じ思いではないでしょうか。
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